Mid century Philip’s ad
さらにこちらでは
Haruomi Hosono relaxes at his home in Osaka’s Amerikamura, 1972.
Photo by Mike Nogami
“誰に対しても本質を突こうとするのは、自分の立ち位置が見えていない人の行動だと思った。 自分が弱ったとき、他人からされてみて、初めてそういった行動の有害さがわかった。 昔は私自身も、問題には早急に向かい合うべきだし、世間話やあいさつには中身も意味も無く、 誰に対しても本気で本題をぶつけるべきだと思っていたのだけれど、 「本質的な話」は特効薬にも毒にもなるのだとやっとわかった。 信頼関係が出来ていれば「本質的な話」がその人を救うことになるし、 信頼関係がお粗末であれば、「本質的な話」は相手を不快にし憂鬱にし恨まれるだけなのだ。”
— 鬱気味になってやっと挨拶や世間話のありがたみがわかった (via n-enot) (via totoroz) (via salix-tumb) (via gkojay) (via youarenojesus) (via ibi-s, n-enot-blog)
“オーナーがADHDっぽい近所のコンビニ、掃除や陳列の様子が一言でいうと「だらしない」んだけど、書籍棚が「発達障害という単語のない発達ハック本」とかメンタルトレーニング系や精神医学系、整理整頓術などで溢れ、その一画だけが生きている・生きていくことを声にならない声で叫んでいる感じがする。”



